X-Pro3によるプレリュード

2019.10.23

X100を手に初めて旅したのもハワイだった。およそ10年前のことだ。
ハワイに着いたらいつも決まって同じことをする。
ビーチサンダルと短パンに履き替え、ポケットに10ドル札を入れ、カメラだけで散歩してみる。「ワイキキなんて海のある銀座じゃないか」と言う人がいる。でも銀座には海はないし、高級ブランド店にビーチサンダルで入るわけにはいかない。ハワイならそれができる。道端でビールが飲めないのは残念だが、ポケットの10ドルでバーに入って喉の渇きを潤すか、レストランで空腹を満たすかを選ぶことができる。

Image

もうひとつハワイに行くと必ずしていたことがある。
まだ暗いうちに起きてアラモアナビーチパークまで歩いてゆき、海に入って五分ほど沖に向かって泳ぐ。岸に向かって振り返ると、ワイキキの空が色づいてきて、ハワイが目覚めていくのを感じる。水の中にいるせいで、世界と繋がっていることが体から伝わってくる。波の揺らぎが心とシンクロする。
海から上がって、ビーチに備え付けのシャワーを浴びると温かい。夜のうちに大地に温められたのだろう。豊かな恵みを感じて、エルスケンの真似をして「自由だ!」と叫びたくなる。

Image
Image

こんなに長い前置きを書いたのは、写真に撮りたいと思うものの根源があるから。
鮮やかな色彩、絶景、奇跡みたいな瞬間も、撮れれば嬉しい。でももっと身近にある美しさを撮りたい——いや、「世界はこう見たら美しいですよね」という提案がしたい。
そこから話を始めれば、カメラに求めるものは高画素などではない。まずはいつでも持っていられること。正確に言えば、いつでも持っていたくなること。
X-E3を二台とレンズ三本をバッグに入れて、ボストンでは一日に33,000歩を歩いたことがある。アプリによれば24km。
X-T3と56mmをバッグに入れ、ロンドンでは42,000歩を歩いた。こちらは33km。
どんなカメラでもこんなに歩けるわけではない。折れそうになる心と身体を、カメラが奮い立たせてくれた。

Image

X-Pro3に新たに加わった機能なら、まずはクラシックネガに惹かれた。
ハワイのように空気が澄んで光が豊かなところでは、影は黒くない。逆光でも空が青く見えるのと同じく、影のなかにいろんな色が混じって見える。その影に宿る気配を、クラシックネガが再現してくれる。
しかもアルバムに収められたプリントみたいだ。
長く写真をやってきて、記憶をかき回して楽しかったことを思い出そうとすると、蘇ることがいくつかある。家族で撮ったフィルムを近所の写真屋さんに預け、いちばん幼かったぼくがそれを受け取りに行った。家まで我慢できなくて、歩きながら写真を見た。
クラシックネガで撮った写真を見ながら旅を振り返ると、その頃のことを思い出す。

Image
Image

チタンの外装について触れないわけにはいかないだろう。
先ほど、写真との関わりのなかで楽しかった記憶について書いたが、90年代にカメラ店を回って中古カメラを探していて、求めていたものに出会えたときの喜びも忘れることができない。X-Pro3に触れたとき「金属だ」と手が喜んだ。心の奥で眠っていた感覚が呼び覚まされた。マグネシウムだって金属だけれど、チタンはそれとはまるで違う。とくにデュラブラックの、さらっとしていて、でも吸い付くような手触りは格別だ。
シャッターチャンスを優先していると、カメラに気遣えないことも多い。バッグに放り投げるように入れて、レンズとガチガチぶつかる。それでも傷つかないのは嬉しい。
X-Pro3のために新しくバッグも買った。じつはカメラが入るほどの厚みがない。では何のために? X-Pro3はいつもストラップで吊って、財布など他のものをバッグに入れておこうと思っている。カメラと楽しい日々を過ごすためのバッグだ。

Image

さて、X-Pro3を快適に使うため、どのレンズが理想のパートナーだろうか?
そのひとつの答えとして、ハワイに27mmF2.8と60mmF2.4マクロを持っていった。27mmは、23mmほど自然ではなく、50mmほど洗練された構図にはしづらい。でもOVFで使ってやると「細かいことはいいかな」という気がして最高に楽しい。ファインダーも広く使えるし、なんと言っても軽い。
60mmは、ハーフマクロなのとピントがやや遅いことで過小評価されていると思う。解像力は今でもトップクラスだし、元々がX-Pro1と同時にリリースされたこともあって、コンパクトでレンジファイダースタイルとよく合う。極端な逆光にするとフレアが出てわずかに甘さが感じられるところもいい。

Image
Image

Slight Return

バンコクに行った。今度は35mmF1.4を付けて。
スコールに逢うと、近くのカフェに駆け込んで、テーブルの上にX-Pro3を置く。背面液晶を開き、写真を送って振り返りながら、雨が上がったらどこに行こうかと考える。設定を変え、水滴をさっと拭き、ぱたんと液晶を閉じる。
深煎りのコーヒーが運ばれてきて、冷房が効きすぎて冷えた身体を温めてくれる。
旅の時間はそう残されていないけれど、X-Pro3との旅は始まったばかりだ。

Image
Image
Image