XF23mmF2.8 R WR x Julien Rocheblave

XF23mmF2.8 R WR x Julien Rocheblave

2025.08.19
Th XF23mmF2.8 R WR x Julien Rocheblave_ FUJIFILM.00_03_14_10.静止画
Photo 2025 © Julien Rocheblave| FUJIFILM X-Pro3 and FUJINON XF23mmF2.8 R WR, 1/250 sec at F6.4, I SO 160

XF23mmF2.8 R WR x Julien Rocheblave

僕の東京の見方 – XF23mF2.8 R WRの「X Story」

写真を始めた頃、僕が惹かれていたのは、実際には一度も訪れたことのなかった都市――東京だった。なぜだか説明はつかないけれど、その街には何か引き寄せられるような魅力があった。エネルギー、密度、静かな儀式のような所作……。

僕はこの街を通して「見ること」や「待つこと」、「物語を紡ぐこと」を学んだ。そして、気づかないうちに写真という表現が、静かに自分の中に入り込んでいた。それは、まだ日本の地を踏む前のことだった。

その後の約10年間、僕は主にヨーロッパの街を舞台に、ストリートフォトグラフィーを続けてきた。姿を消して、街に溶け込み、何気ない日常のしぐさを観察しながら、何かが起こるのをただ待つ。イメージを“狙う”のではなく、“訪れるのを待つ”スタイル。 そんな僕に、とうとう東京を訪れる機会がやってきた。そしてそれと同時に、XF23mmF2.8 R WRというレンズを試すチャンスも。このレンズは、自分の写真哲学にぴたりと寄り添ってくれる道具だと感じた。

「存在しない」ことが力になる道具

僕がカメラやレンズを選ぶとき、スペックや称賛の言葉にはあまり関心がない。気にするのは、その道具が「何を見せてくれるか」――もっと言えば、何を“見えたままに”しておいてくれるかだ。

XF23mmF2.8 R WRはまさにそんなレンズだった。控えめで、滑らかで、静か。僕に合わせてくれる、僕が合わせる必要のないレンズ。東京を“邪魔することなく”撮ることができた。このビジュアルの洪水のような都市で、それはとても貴重なことだった。

撮影はもう「いい場面を探すこと」ではなくなっていた。代わりに、溢れんばかりのイメージの中から、何を選び取るかという学びになっていた。皮肉なことに、その過剰さが理由で、僕は一度この街を離れることになる。

見失うことで、見えてくるもの

東京を離れて向かったのは、日本の地方部だった。そこで僕は、まったく異なるペースの写真との向き合い方を取り戻していく。都市がリズムを与えるなら、田舎は空気と沈黙を与えてくれる。目線が落ち着き、視線が優しく、直感的になっていく。

軽量なカメラと23mmの単焦点レンズを手に、僕は本当に大切なものだけに意識を向けられた。何も考える必要はなかった。カメラはただ、自分の視覚の延長線としてそこにいてくれた。

そのシンプルさの中で、僕の写真のあり方も、どこか変わっていった。

新しい眼差しで、東京へ戻る

東京へ戻ってきたとき、街は変わっていなかった。でも、僕の視点が変わっていた。もう「瞬間を追いかける」ことには興味がなかった。むしろ、その瞬間がやってくるのを静かに聞き取ることに意味を感じていた。

「正しいタイミングでシャッターを切る」のではなく、そのとき、ただそこにいること。あるいは、何もしないという選択肢さえも、大切にしたかった。

XF23mmF2.8 R WRで撮る東京は、まるで動の中にある静けさを探すような感覚だった。混沌の中に、親密さを見出すような。派手さはないけれど、だからこそ好きになれたレンズだった。そっと寄り添い、邪魔をしない。構図を邪魔せず、自分の存在を消してくれる――そんな道具だった。

写真は「受け取る」もの

この旅を通じて僕が持ち帰ったのは、たった一枚の写真ではなかった。それは写真と向き合う「心のあり方」だった。写真は、撮るものじゃない。受け取るものだ。

どんなギアを使うかよりも、どんな意図でその場にいるか。それこそが、写真を写真たらしめる本質だ。

その意味で、XF23mmF2.8 R WRは完璧な相棒だった。それはガジェットではなく、気を散らすものでもない。自分の存在を消してくれる道具――だからこそ、本当の“まなざし”が現れる。