ある日、私はJan Broman(スウェーデン写真美術館・フォトグラフィスカ創立者の一人)に「多くの偉大な写真家がフォトグラフィスカを訪問している。彼らのポートレート写真を撮るべきだよ!」と言ったんだ。
「そうだな。では、君に任せた。クヌート!」
私の名はクヌート・コイビスト。1997年からスウェーデン・ストックホルムでフリーランス・フォトグラファーとして活動している。コーポレート・ポートレートや映画用スチル撮影などが主な仕事だ。写真ワークショップもよく開いているので、講師でもある。2012年9月より富士フイルムのXフォトグラファーとなった。富士フイルムの最初のカメラは伝説的なX100、そして、X-Pro1。それ以来、Xシリーズのカメラを愛してやまない。最初はプライベート用に買ったんだ。だけど、段々と仕事でも使うようになった。カメラシステムとして必要な要素をすべて満たしているし、今後の発展も期待できるからだ。
まず、フォトグラフィスカにあるウォール・オブ・フェーム(Wall of Fame)について紹介しよう。2010年春、ストックホルムの写真シーンは大きな転機を迎えたんだ。Jan&Per Broman兄弟(フォトグラフィスカ創設者二人)は、写真アートの拠点となる場所をストックホルムに設立しようと考えた。そして、100年以上前に偉大な建築家・Ferdinand Bobergによって建てられたストックホルム湾に面した古いロイヤル・カスタムビルディングを探しだした。2010年5月にフォトグラフィスカはオープン。大きさは約5500平米。写真用のスペースとしては世界最大級だ。それ以来、フォトグラフィスカでは世界トップクラスの写真展が3つ同時開催されている。
オープニング記念では、Annie Leibovitz、Lennart Nilsson、Vee SpeersとJoel-peter Witkinの展示が開催された。
それは、信じがたいストーリーだった。北の端に位置するストックホルムには、小さなギャラリーがいくつかあるだけだった。そこに突然、世界にも稀に見る巨大な写真ギャラリーが誕生したのだから。しかも、開催される写真展はどれもビッグなもの。国際的に著名な写真家が、写真展オープニングのタイミングでフォトグラフィスカを訪問するようになったんだ。
オープンしてから半年経った頃、この地を訪れるフォトグラファーたちを写真に残すべきと強く感じた。彼らの多くは僕のヒーローだった。だから、Jan Bromanに「記念のポートレートを撮るべき」と言ったんだ。それがきっかけで、僕がその写真を残す役目を担うことになった。その当時、その後の展開を想像しただけで奮い立ったよ。業界最高峰のフォトグラファー達を相手にするんだから!単なるポートレート写真を撮るのではない。写真を知り尽くした人たちのポートレートを撮るんだ。ごまかしはきかない。自分を信じてやりぬくしかないんだ。
初めて撮ったポートレートはJoel-Peter Witkinだった。フォトグラフィスカがオープンして間もない、2日後に撮ったんだ。そして、それは唯一フィルムで撮った一枚。初期の頃はいろいろなデジタルカメラを使った。その当時、富士フイルムのXシリーズはまだ存在していなかった。最初の年は、とてもゆるく撮らせてもらった。オープニングにカメラを持っていって、写真家に「写真を撮らせて」と声を掛ける。その場で即興で撮っていたし、撮影もほんの数分だ。
時は経ち2015年1月、フォトグラフィスカから連絡があった。これまで撮りためた写真家のポートレートを壁に飾りたいって。そして、何枚撮ったのか?って。そうして2015年5月ウォール・オブ・フェームはフォトグラフィスカの五周年のタイミングで誕生したんだ。そのとき飾られた世界中のトップフォトグラファーの55枚のポートレート写真を見て、とても誇りに思ったんだ。
今現在、ウォール・オブ・フェームには90枚以上のポートレートが飾られている。今も進行形で、毎月展示枚数が増えている。オリジナルのロケーションに収まらなくなったので、新しい場所に移動もした。展示が始まってから3年半が経とうとしている。フォトグラフィスカで見れる一番長く続いている写真展でもある。

ウォール・オブ・フェームの前に立つクヌート
写真家として、この壁はこれまで手がけた最も偉大な仕事だ。とても誇りに思っている。壁が写真の歴史そのものだ。ポートレート写真を撮る度にいまだ感じることがある。「この多大な成功を収めた写真家のポートレートを撮ってもいいのだろうか?どうやったら彼・彼女の偉大さを伝えることができるのだろう?ウォール・オブ・フェームにもうまくハマるだろうか?」
ポートレート一枚一枚にストーリーがある。本にできるかもしれない。でも、すべてを物語るのはとても難しい。Anton Corbijnは本当の紳士でナイスガイ。私に多大な影響を与えた人物でもあったので、本人の前で私は緊張のあまり震えていたと思う。そして、彼のポートレートは、初めてX-Pro1とXF35mmF1.4 Rで撮った一枚だ。この一枚がきっかけで、その後のポートレートもXシリーズで撮るようになった。
エリオット・アーウィットはX-E2で撮った。エリオットはジョーク好きで、ラッパがついた杖を使って歩いていた。急いでいるとき、ラッパを鳴らすとみんなが横にそれてくれるんだ。
Ellen von Unwerthは、X-H1で撮った。写真の通り、とても愉快な女性だ。私が持っていたカメラに興味津々だった(X-H1が発売されて間もない頃)。それに、撮影に用いたLEDライトにも関心を示していた。
皆が知っているようにブライアン・アダムスは世界的に有名なロックスター。それと、実は15年以上のキャリアを持つファッション・ポートレートフォトグラファーでもあるんだ。この写真を撮るのに一日中待ってなければならなかった。空港に向かう時ようやくチャンスが訪れた。許された時間は、ほんの僅か。5枚だけ撮ることができた。「背面液晶で写真を見せて」と言われたのでX-Pro2を渡すと「これは僕だ!良いのが撮れてるよ!」と大きな笑顔で言ってくれた。
最後にマグナム・フォトグラファーのJonas Bendiksenの写真を紹介しよう。彼は富士フイルムとマグナム・フォトの共同プロジェクト「HOME」にも参加していて、GFX 50Rの発表会が行われたフォトキナにもゲストとして出席していた。フォトグラフィスカでは彼の最新プロジェクト「Last Testament」を展示している。 このプロジェクトは聖書のメシアと名乗りを上げている7人を撮ったプロジェクトだ。だから、私はJonasを聖ルカとイメージしてこの写真を撮った。
ウォール・オブ・フェームのほとんどの写真はXシリーズかGFXで撮った。レンズはフジノンレンズ。お気に入りはXF35mmF1.4。私のスタイルに最適なんだ。
フォトグラフィスカは、その活動を世界に広げている。2019年には新たに2つ、ニューヨークとロンドンにオープンする予定だ。創立者であるBroman兄弟はその後もっと数を増やすと言っている。写真愛好家には嬉しいニュースだ。
ボーナス
初めてGFX 50Sで撮った一枚がChen Manのポートレート。レンズはGF110mmF2。彼女は、中国でもっとも成功を収めたファッション・ポートレートフォトグラファーだろう。この若い女性の自然で力強いポートレートを撮りたかった。「新」を象徴するような。
Evelyn Bencicovaは25歳。おそらく壁に飾られている写真家で最年少ではないか。スロバキア出身でウィーンの大学を出た。たくさんのクライアントを抱えた人気作家だ。撮影で会った時、あまりの彼女の美しさに衝撃を受けた。撮影はX-H1とXF56mmF1.2 R APDだ。
Hannah Modighは自身の作品、プロジェクトを主な仕事としている写真家。たくさんのアワードを獲得している。両親の仕事の関係で子供の頃はインドに住んでいた。多くを語らないので謎めいた人物だったが、とても堂々としていたので、写真で女王のように見せたいと思った。
正直に言おう。彼女に会うときはとても緊張した。子供の頃のアイドルだったポール・マッカートニーの娘だったから。彼女の母親、リンダ・マッカートニーも成功を収めた写真家だ。メアリーはとても愛嬌があって、背が高くて、かっこいい女性だった。「撮影は10分よ!」と彼女は言った。実際は、3分もかからなくて、捨てカットは一枚もなかったよ。2018年のお気に入りな一枚がこれだ。X-H1とXF35mmF1.4で撮った。
彼女のポートレートを完成させるのには2年の時を要した。彼女はとても忙しい写真家で、ファッション撮影かワークショップでいつも海外を飛び回っている。それに、ヨーロッパ各国の最高峰の山を登山しようと暇さえあれば山へ向かう。49の山を一年で制覇したくらいだ。すごいの一言!この写真は私のスタジオで撮った一枚。登山へ向かう途中にストックホルムを経由していたんだ。GFX 50Sで撮った2枚めのポートレート写真だ。
このプロジェクトのおかげで、私のヒーローでとても謙虚なフォトグラファー達に出会うことができた。InesとVinoodhもそんな中の二人。ファッション界で絶対的な頂点にいる二人。いつか彼らの写真を取りたいと思っていた。二人一緒に活動していて、クレジットは常に「Inez and Vinoodh」。彼らの一心同体な姿と、一人ひとり独立した人物であることを写真で表したいと思った。X-T1とXF35mmF1.4で撮った一枚。
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